2007年12月7日金曜日

総合芸術としての巻子本

『源氏物語』に見える巻物の美

『源氏物語』の「梅枝(うめがえ)」の巻に、美しい巻子本(巻物)が登場します。兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)が、光源氏に贈った、秘蔵の『古今和歌集』は、次のように描写されています。

  延喜帝(えんぎのみかど)の、『古今和歌集』を、唐(から)の浅縹(あさはなだ)の紙を
  継ぎて、同じ色の濃き紋(もん)の綺(き)の表紙、同じき玉(たま)の軸、緂(だん)
  の唐組(からくみ)の紐(ひも)などなまめかしうて、巻ごとに御手の筋を変へつつ、いみじ
  う書き尽くさせたまへる、 ……
(新編日本古典文学全集『源氏物語』③、421頁)

 書は、醍醐天皇ご自身。
 料紙は、中国製で、藍で染めた、薄青色の紙。
 表紙は、同じ青色ながら、より濃い色の模様のある、織物製。
 軸は、薄青色の玉の軸。
 (*「正倉院文書」では、「玉軸」は、ガラス製の軸を意味します。)
 紐は、白と、いろいろの色を交互に配した、唐組の組紐。
 (*「唐組」は、今日では、斜行の向きを、定期的に反転させて、菱形を連続させて組まれた
 組紐を言います。)

 そして、巻ごとに、書風が変化してゆきます。

薄青色を基調としながら、華やかな紐でアクセントを付けた、清楚で、優美な巻物の姿が、浮かび上がってきます。光源氏が「尽きせぬものかな(いつまでも興がつきませんね)」と、嘆声を上げたのも、もっともです。

古代の巻物は、①書の技術、②紙の技術(料紙・表紙の抄造と染色・装飾)、③軸の工芸的技術、④紐の染織技術、⑤それらを「書物」に仕上げる造本の技術、の交響楽であると言えます。そして、この交響楽を指揮するのが、その時代の美意識です。

巻物を研究するためには、巻物を構成するもの、ひとつひとつの技術を探究するとともに、それらが、全体として、どのような「書物」の姿を作り上げているのか、を考察することが大切となります。

次の記事では、「書物」としての巻物を構成する、各部分についての、簡単な解説を加えます。 描かれた巻物2



��主な参考文献]
��.河田貞「わが国上代の写経軸」『仏教芸術』162、毎日新聞社、1985年 (*「玉軸」について)
��.木下雅子『日本組紐古技法の研究』京都書院、1994年 (*「唐組」について)