2014年5月22日木曜日

新田文子『青木てる物語』

青木てる物語1

富岡製糸場と小川町の女性たち
(新田文子『官営富岡製糸場工女取締 青木てる物語―養蚕と蚕糸―』新田文子、B6判118頁、口絵6頁、2014年4月20日刊、700円)

世界遺産(産業遺産)に登録される見通しとなった、「富岡製糸場と絹産業遺跡群」が今注目を集めています。

今日まで保存されてきた富岡製糸場の建物や、日本近代産業史において富岡製糸場が果たした役割はもちろん重要ですが、それと同時に、この富岡製糸場を出発させた、明治の女性たちの心意気も見逃せません。

富岡製糸場の工女は、初代工場長の尾高惇忠の長女ゆうがその第一号として有名です。ゆうの後に、多くの女性たちが続くことになりますが、それは決して平坦な道のりではありませんでした。

工女たちが集まる、大きなきっかけとなったのは、埼玉県小川町出身の青木てるの情熱でした。
このあまり知られていない事実に、光を当てたのが、この『官営富岡製糸場工女取締 青木てる物語』です。

なぜ群馬県富岡市からは遠い、小川町の青木てるが、富岡製糸場に小川の若い女性たちを率いて駆け付けたのでしょうか―。

ゆうを工女第一号にしたものの、“富岡製糸場で若い女性を集めているのは、若い女性たちの生き絞って飲むためだ”という風評のために女工を集められたなかった工場長の尾高は、近県の村々の旧名主宛に手紙を書き送りました。

その手紙が小川町(当時小川村)の紙漉きと養蚕を営む豪農の青木伝次郎にも届いたのです。伝次郎の母で、自分自身も生糸を紡ぎ、美しく糸を紡ぐことに強い関心を持っていた、当時59歳のてるが、尾高の切羽詰った手紙に心動かされました。てるは、小川の人々に工女なるよう熱心に説いて回り、孫娘の敬をはじめ、30余名の若い女性を富岡に連れて行くことになったのです。

明治5年(1872)7月、てるの率いる一行は、富岡製糸場に到着しました。尾高は感激しました。

そして、てるらの集団入所は、風評を打ち消して、全国から工女が集まるようなったのです。てるは、初代工女取締役に就任し、小川出身の早津さく、前田ますの二人が副工女取締役となり、青木敬をはじめとする5人が一等工女に選ばれました。開業時の富岡製糸場を支えたのは、実は小川の女性たちであったのです。

この小川の女性たちの活躍を、温かな筆致で描いたのがこの本です。そして、この本では、江戸から明治にかけて、生糸産業が近代化してゆくプロセスも、わかりやすく教えてくれています。さらに、西洋人に接した明治初期の人々の驚きや、江戸時代の感覚で暮らしていた人々にとって、若い女性が村を出て旅することが、今日では想像できないほどの、勇気ある行為であったことを、生き生きと伝えてくれます。

著者の新田文子氏は、『小川小学校誌』編さん室長などを務め、また小川町社会教育課文化財係行政情報整理室に籍を置き、小川町の歴史の研究と普及に長年努めて来られました。現在は、小川町教育委員会特別専門協力員として、活躍されています。小川町と小川町教育委員会が編集・発行した『『万葉集』と仙覚律師と小川町』という小冊子の製作や、小川町立図書館の「おがわ仙覚万葉コーナー」の展示も担当されています。

小さな本でありながら、明治の女性たちへの共感と、小川町への愛情の詰まった、心打つ書物です。この本を通じて、近代日本の産業を支えた女性たちと、その女性たちを育んだ文化と歴史を、多くの人々の知ってもらいたいと思います。

なお、この本は書店では購入できませんが、小川町観光協会観光案内所「楽市おがわ」で取り扱っています。お問い合わせください。
小川町観光協会観光案内所「楽市おがわ」
電話:0493-74-1515
価格:700円(送料別)



【目次】
近代製糸伝習の先駆者 青木てる
一枚の手紙から/職人技に支えられた製糸場建設/伝習工女が集まらない/黒船がもたらした情報公開/生糸と蚕種に注文殺到/創業の立役者 埼玉県人/青木てるの奔走/五九歳の集団入所/「てる」の取締役就任と工女たちの日々/青木敬と小川からの工女たち/ウィーン万国博覧会/帰郷/郷土への伝承/青木伝次郎の働き
〔資料〕上州富岡御製糸場御役人附 明治六年四月/富岡製糸場の小川町域出身伝習工女/工女御雇願
養蚕と蚕糸
一 養蚕と地場産業
二 蚕種の道が絹の道へ
三 幕末から明治初期の生糸
四 埼玉の養蚕改良と養蚕業
五 明治・大正期の小川絹
〔資料〕輸出に占める養蚕類の割合/幕末から明治維新の出来事
養蚕と民俗
お蚕さま/養蚕と信仰/養蚕とネコ/小正月の繭玉
〔資料〕小川町における生糸・絹織物略年表

ネコ札
��小川町の養蚕や、養蚕にまつわる民俗信仰についても、詳しく書かれています。養蚕農家にとって、蚕、蚕種、繭をかじるネズミは大敵であり、猫の絵やお札を蚕室に貼りました。笠山神社のネコ札や「新田の猫絵」は、どこかユーモラスで温かみがあります。猫好きの人には見逃せません。