2012年5月19日土曜日

「萬葉集古写本の美」追考

【藍紙本万葉集巻第九の継ぎ直しに関して】

先の記事「『美の万葉集』」で紹介しました、私の研究報告「萬葉集古写本の美―藍紙本萬葉集について―」につきまして、お読みくださった方々から、貴重なご意見を賜りました。心より御礼申し上げます。

その中で、特に考え直すことが必要な点がありました。「継ぎ直された巻第九」の項で、「藍紙本万葉集」巻第九の継ぎ目で、上となっている料紙の文字が切れていることに注目して、私は次のように記しました。


◆「巻第九はある時点で継ぎ目が剥(はが)され、巻首に近い方の料紙の左端を裁って整えた上で継ぎ直されたと考えられます。」(326頁)

これについて、公益財団法人根津美術館の松原茂氏より、左端の、文字の書かれたところを裁つということはありえず、むしろ次の料紙にかかっていた部分が、継ぎ直しの際に継ぎ目の下に隠れてしまっているのではないか、というご意見を賜りました。

確かに、修補の際に、文字の書かれた部分を裁つことが果たしてあるのか、原本調査の時から疑問を覚えていました。しかし、同時に「藍紙本万葉集」では、継ぎ目に文字がかかることを避ける傾向が強く見られ、私は「藍紙本万葉集」では、本来継ぎ目に文字がかかることはなかったのではないか、という先入観を持ってしまっていました。

研究報告「萬葉集古写本の美―藍紙本萬葉集について―」では割愛しましたが、原本調査の時に、巻第九の継ぎ目幅(糊代)のデータも採取していました。確認できるところでは、継ぎ目幅は、3~4mmほどですが、しばしば4mm幅のところが見られます。研究報告の図1に示した、第④紙と第⑤紙の継ぎ目幅も4mmです。

��mmは巻子本の継ぎ目幅としては広めです。奈良朝写経や巻子本に仕立てられた正倉院文書、またきちんと造られた敦煌写経では、継ぎ目幅は3mmが標準です。繊細に造られたものでは2mmのものもあります。
*正倉院文書については、杉本一樹氏『日本古代文書の研究』(吉川弘文館、2001年)の71~72頁参照。杉本氏は「糊代が2ミリではやや頼りなく、4ミリになるとこれはもう何となく野暮ったい、というのが私の印象である」と述べています。

「藍紙本万葉集」が継ぎ直される時に、継ぎ目幅が本来のものよりも広くとられ、次の料紙にかかっていた文字が継ぎ目の下に潜り込んでしまった可能性は、十分に考えられます。

現在、継ぎ目の下の料紙の様子を、目で確認することはできません。将来何らかの方法で、それが確認できるようになることを期待しています。

なお、「藍紙本万葉集」では、継ぎ目に文字がかからないように書く傾向が強いことについても、さらに考察を深めてゆきたく思います。

そこで、326頁の記述を、次のように改めたいと思います。


◇「巻第九はある時点で継ぎ目が剥(はが)され、本来よりも糊代をやや広めにとって継ぎ直されたように思われます。」

なお、「藍紙本万葉集」巻第九の継ぎ目幅のデータについては、将来この研究報告をまとめ直す折に、全て提示したく思っております。

先入観にとらわれずに、データの物語ることに、注意深く耳を澄ますことの大切さを、改めて痛感しました。