2007年12月20日木曜日

『文字のちから』書籍版

文字のちから(書籍版)


「文字のちから」、再び
��国文学編集部編『文字のちから』学燈社、2007年12月刊、194頁、1,890円〈税込〉)

今年8月に、雑誌『国文学』臨時増刊号として出版された「文字のちから―写本・デザイン・かな・漢字・修復―」が、このたび、書籍として刊行されました(私の論文や翻訳も収めています)。

雑誌の時にも、一時在庫切れになるほど、好評を得ました。書籍となって、多くの読者の目に留まることを、心から願っております。

本書『文字のちから』は、日本文学に関する基礎的研究(写本・刊本に関する研究)の、分厚い研究の蓄積を踏まえながら、「文字」や「書物」の本質と歴史を考察したものです。

『万葉集』『源氏物語』から三島由紀夫にいたるまでの、日本を代表する文学作品について、「文字」や「書物」という視点からの、最新の研究も収録しています。「書物」としての、日本の文学作品への、わかりやすい手引きとなっています。

さらに、古筆学、国語学、文化史、書物史、写経研究、敦煌研究、美術工芸史、修復などの諸分野の、国内外の研究者や修復家たちが、それぞれに、「文字」や「書物」への道案内をしています。

私たちは、普段、文学作品を活字で読んでいます。しかし、写本や手稿の、手書き文字にまで立ち戻ると、活字からは想像もつかないような、生き生きとした、作者や書写者の息遣いが浮かび上がってきます。本書は、それを具体的に示しています。

そして、「古典」が、決して、命なき静止したものではなく、書写される度に、新たな命を得てゆく“生きもの”であることがわかります。

また、日本文化の基礎に平仮名があることは、誰もが考えることです。それでは、「平仮名」とは、どのような文字なのでしょうか。本書によれば、「平仮名」は、単に日本語の音を表すだけでなく、多様な字母・字形を併用したり、余白の美を重んじたりするなど、装飾性をその本質とする文字です。音節文字としては、極めて特異なものなのです。

(*本書に収められた論文の一つは、中世の古活字において、この「平仮名」の美と、活字の論理を両立させるために試みられた、目を見張るような工夫を、鮮やかに跡付けています。)

今日、ワープロ、パソコン、携帯電話が、急激に普及する中で、手書き文字の力強さが見直されています。今年一年の間に、多くの手書き文字関係の本が出版されましたが、本書は、古典の写本や、近代文学作品の手稿という、豊かな遺産と、その手堅い研究の蓄積があることとを、改めて、私たちに思い出させてくれます。

加えて、本書には、古筆学という新しい研究分野を打ち立てた、小松茂美先生のインタビューも収められています。研究と人生が一体となった、60年の歩みには圧倒されます。それだけに、小松先生の、現代の文字についての危機感の表明は、大変重いものがあります。

また、かつてないほどに、思い切って「国文学」に踏み込んで発言をされた、書家・石川九楊氏のインタビューも読み応えがあります。

2世紀から21世紀まで、営々と培われてきた、日本の文字文化と書物文化に、真正面から取り組んだのが、本書です。


【目 次】
〈インタビュー〉文字とはなにか―日本の文字文化を通じて(石川九楊)

文字の刻む歴史
政治システムとしての漢字(矢嶋泉)
かなの空間(文字と余白)―「香紙切」筆跡分類の場合(高城弘一)
古活字版のタイポグラフィー(鈴木広光)
梵字の宇宙(松枝到)
〈インタビュー〉古筆学に生きる(小松茂美)
〈エッセイ〉天恵―『万葉集』の文字との五十年(稲岡耕二)

写本の魅力と研究課題―古典をより深く味わうために
萬葉集―漢字とかなのコラボレーション(小川靖彦)
古今和歌集―定家と書写(浅田徹)
源氏物語―二つの源氏物語の相剋(定家本と河内本)(新美哲彦)
平家物語―共存する複数の「平家物語」(佐伯真一)
奥の細道―未完の古典(芭蕉の推敲)(金子俊之)
近代文学の手稿―三島由紀夫の場合(井上隆史)(*新資料紹介あり)
〈エッセイ〉写本との出会い(井上宗雄)

文字と写本を味わうための手引き
筆記具(小松大秀)
和紙と筆触―装幀に使われている書写料紙(吉野敏武)
敦煌写本とそのデジタル化・保存―国際敦煌プロジェクト(IDP)の活動(スーザン・ウィットフィールド)
奈良朝写経の字すがた(赤尾栄慶)
かなの字母とその変遷(矢田勉)
古筆切の世界(佐々木孝弘)
書物研究の学際的好機(レズリー・ハウザム)
グーテンベルクの活字を巡って―デジタル技術とHUMIプロジェクトについて
保存修復と修復家の私考(中塚博之)
図書館・美術館・博物館・文庫案内(五月女肇志)


【お詫び】
*私の論文「萬葉集―漢字とかなのコラボレーション」中に、2箇所の誤植があります。ご訂正いただければ、幸いです。
89頁下段 図2 翻刻1行目 (誤)ひとゝとをしけみ  (正)ひとことをしけみ
89頁下段 図3 翻刻2行目 (誤)こゝろはかりせき  (正)こゝろはかりはせき