2007年12月16日日曜日
巻物用語事典(1)
巻子本各部の名称
��日本語の用語は、もっともわかりやすいものを掲げました。
��〈 〉は別称、〔 〕は中国語、[ ]は英語。
��#を付けたものは、IDP(国際敦煌プロジェクト)のデータベースで、敦煌写本の検索をする際に用いられている用語。
表 紙(ひょうし) 〈褾紙〉〔褾、首、包頭〕[Cover]
■巻首を保護する紙、または布。
紙の場合は、本紙より厚手の紙、または二枚重ねにした紙を用いた。仏教経典などの正式な書物では、多くの場合は、黄色に染められた。紫、紅、紺、縹、緑などに染めたもの、さらに金銀を散らしたものなど、極めて装飾性の高いものも作られた。布の場合は、羅、綾、錦が用いられ、後には緞子(どんす)も用いられた。
表紙は、当初、本紙を保護する機能的なものであったが、後には、一種の美術工芸品に発達した。
発 装(はっそう) 〈八双、押え竹〉〔天杆〕[#Stave, Retaining Rod]
■表紙のめくれや破れを防ぐために、その端に貼り付けられた細長い竹、または木。
敦煌写本では、竹と木の両方の例が見られる。日本では、ほとんどの場合、竹が用いられた。
早い時期の敦煌写本では、発装は、太く、表紙からはみ出していることもあったが、やがて非常に薄く、目立たない、しかし丈夫なものとなった。
紐(ひも) 〈巻紐、巻緒〉〔帯〕[#Braid, Band, Ribbon]
■巻子本を、くくるもの。
発装の中央付近の、本紙側に、切れ込みを入れて、これを通して発装に巻き付ける。巻き付け方には、いくつかのパターンがあった。
①絹の織紐(細長い織物。さまざまな色の糸で織られたもの、単色のものがある)、②色鮮やかに染めた絹布を袋状にして紐としたもの、③組紐が用いられた。
紐の種類・強度・色などは、その巻子本がどのように扱われていたかを知る、重要な手がかりである。時代を遡るほど、現存する紐の例は少ない。奈良時代の遺品は、ごくわずか。
外 題(げだい) 〔外題〕[Title, Cover Title]
■表紙の外側の端に書いた題(書名と第何巻かを書く)。
本文より大きな文字で書く。正式な書物の場合は、能筆の、「題師」と言われる専門家が書いた。
敦煌写経や奈良朝写経では、多くの場合、外題は、表紙に直接書かれた。後には、小さな細長い紙、または布(これを「題簽(だいせん)」という)に、外題を書いて、貼り付けるものも現れた。敦煌写経にも、紫紙の題簽に、金字で外題を書いた例が見える。
見返し(みかえし) [Endpaper, 絵: Frontispiece]
■表紙の内側の面。
当初、表紙の内側は、何も手が加えられなかったが、やがて、外側同様に黄色に染められ、さらに、外側の黄色、本紙の黄色との調和も考えられるようになった。
装飾性の高い巻子本では、見返しに、さまざまな装飾が施されたり、絵が描かれたりした。当初、余剰の空間であったものが、美意識を最も発揮させる空間となった。
本 紙(ほんし) [Paper]
■本文を書くために用いる紙。
正式な書物では、黄蘗(きはだ)で染めた麻紙(まし)を用いた。装飾性の強い巻子本では、紫、紅、紺、縹、緑などに染めた紙を用いたり、さまざまな色の紙を継いだり、金銀を散らしたり、下絵を描いたりした。
正式な書物では、紙一枚の縦・横の規格が定まっていた。
紙の継ぎ方は、巻首側を上とする(右手前)。糊代は、2~3mm。また紙数は、奈良朝写経では、20枚を標準としていた。
内 題(ないだい) 〈巻首題〉 〔内題、首題〕[Title of the Chapter]
■本文の最初に書かれた題(完全な書名と、何巻かを記すのが原則)。
本文の最初の1行を空けて書く。
なお、これに対応して、本文を書き終わった後に、1行空けて、「尾題(びだい)」を書く。内題(巻首題)を繰り返すのが、普通であるが、省略した形で記す場合もある。
正式な書物では、内題、尾題ともに、本文と同じ高さで書いた。後に、正式な書物以外では、内題、尾題を、本文よりも高く、または低く書くものも現れた。
界線(かいせん) 〈界〉〔辺または闌(四周の線)、界(中間の線)、辺準、解行、烏絲欄、朱絲欄〕[Guideline]
■本紙に、本文を書くために引かれた罫線。本紙の上部と下部に引いたものを「横界線」、その間に縦に引いたものを「縦界線」という。
上部の界線と下部の界線の間の寸法を、「界高(かいこう)」といい、隣り合った、縦の界線の間の寸法を、「界幅(かいふく)」という。正式な書物では、界高は、20㎝前後、界幅は、1.8~2.0㎝程度となる。この寸法は、木簡1枚の大きさを踏襲していると考えられている。
界高・界幅の寸法は、巻子本の種類や年代によって微妙に変化する。
多くの場合、界線は墨で引く。早い時期の巻子本では、濃い墨で、太く、おおらかに引いているが、後には、薄墨の、極めて細い線で、正確に、しかし目立たぬように引くようになる。
界線は、本紙が継がれた後で引かれた。
正式な書物では、界線を引くのが原則。それ以外の書物では、これを省略することもあった。平安時代以降の、日本の歌集の写本では、界線は次第に引かれなくなる。
軸(じく) 〔軸〕[Roller]
■表紙・本紙を巻きつけるために、本紙末尾に貼り付けられた木の棒。日本では、多くの場合、杉や檜を用いた。
早い時期の敦煌写本の軸は、1本の棒で、その全体、または両端を、赤、または黒の漆で塗っている(これを「棒軸」という)。小刀で削って、粗く円柱形にしたものもある。
巻子本が装飾性を強めるにつれ、軸棒(軸木)の両端に、「軸端(じくばな)」(「軸頭」(じくがしら、じくとう)とも)を嵌め込んだタイプの軸も現れた。
「軸端」には、紫檀(したん)、黒檀(こくたん)、花櫚(かりん)、白檀(びゃくだん)など、東南アジア産の、表面の美しい木材や、ガラス、瑪瑙(めのう)、水精(すいしょう)、瑠璃(るり)、金銅などが用いられた。奈良朝写経には、油に、赤、または白の絵具をまぜて塗った、「密陀軸(みっだじく)」も見られる。小さな「軸端」に、中国(そして日本)と東南アジアの交易の歴史を窺うこともできるのである。
さらに紫檀に、他の木材や螺鈿(らでん)を嵌め込んで文様を表したもの、草花などの絵を描いたものもある。
「軸端」の形には、撥型(トランペット型)、丸型(「頭切」(ず(ん)ぎり))、角型、八角型などがあった。「平家納経」には、五輪塔型、宝珠型など、それ自体で精緻な工芸品といえる、多彩な形の軸端を見ることができる。
軸の直径は、1㎝前後であった。現代の日本の、巻子本の複製本や、書作品の装丁に用いられるものに比べて、はるかに細く、繊細なものであった。
[主な参考文献]
��.小川靖彦「書物としての万葉集」『[必携]万葉集を読むための基礎百科』別冊国文学№55、
学燈社、2002年 (*敦煌写本の調査以前のものです。今回、調査結果を踏まえて、新たな情報を加えました。)
��.Fujieda, Akira. "The Tunhuang Manuscripts: A General Description." Zinbun 9(1996).
��.石田茂作『仏教考古学論攷』3(経典編)、思文閣出版、1977年
��.栗原治夫「奈良朝写経の製作手順」日本古文書学会編『日本古文書論集』3、吉川弘文館、1988年
��.頼富本宏・赤尾栄慶『写経の鑑賞基礎知識』至文堂、1994年
��.銭存訓『中国古代書籍史―竹帛に書す―』(宇都木章・沢谷昭次・竹之内信子・廣瀬洋子訳)、法政大学出版局、1980年
��.劉国鈞・劉如斯『中国書物物語』(松原弘道訳)、創林社、1983年
��.Du Weisheng. "A Short Description of Eight Dunhuang Forgeries in the National Library of China."Dunhuang Manuscripts Forgerieis. Ed. Susan Whitfield. London: The British Library, 2002.