2007年10月12日金曜日
万葉集原本のレイアウト
『万葉集』の成立した、7~8世紀の中国文化圏では、仏教経典・儒教経典・道教経典・法典・歴史書など正式な書物は、巻物に仕立てられました。そして、その巻物には決まりがありました。藤枝晃氏の研究によれば、それは①~⑤のようになります。
①縦1尺(南北朝時代の1尺で約27cm)の麻紙(まし。麻を原料とする紙)を用いる。
②専門の写経生が書写する。
③楷書で書く。
④1行17字詰め。
⑤上下にそれぞれ約3cmの余白をとり、横の界線(罫線のこと)を引く。これに、1.5~1.8cmばかりの間隔で、縦の界線を引く。
そして、敦煌写本や奈良朝写経などを調べると、本文のレイアウトにも次のような規則があったことがわかります。
⑥題と本文は同じ高さで書く。
⑦句読点やスペースは置かない。
『文選』などの詩文集の写本も、玄宗皇帝の時代の前までは、以上の決まりに準じています(ただし、1行の字数が経典とは異なり、15字または16字詰めです)。
��なお仏教関係の韻文では、句ごとにスペースを置くことがあります。しかし、中国古典籍ではスペース置かないことが厳しく守られます〈澁谷譽一郎氏の研究による〉。)
『万葉集』も、正式な書物に準ずる姿で製作されたと考えられます。以上の決まりに従って、『万葉集』原本のレイアウトを復元すると上の写真のようになります。
『万葉集』原本は表情は、活字の冊子本とはまったく異なるものになりました。
[主な参考文献]
��.小川靖彦「『萬葉集』原本のレイアウト―音読から黙読へ―」『青山学院大学文学部紀要』第47号、2006年1月
��.藤枝晃『文字の文化史』講談社学術文庫、1999年
��.藤枝晃『敦煌学とその周辺』対話講座なにわ塾叢書51、ブレーンセンター、1999年
��.澁谷譽一郎「敦煌所見韻文写本の書写形態を通して見た唐五代の一文藝状況」『藝文研究』№65、1994年3月
��*1の小川論文末尾の引用文献一覧から、4の澁谷論文が落ちていました。失礼致しました。)