2007年11月1日木曜日

大きさから見た巻物と冊子本

大きさから見た巻物と冊子本
(写真左より、肌色=『三十帖冊子』第一帖の大きさ、灰色=敦煌本『文心雕龍』の大きさ、黄色=敦煌本『大般涅槃経』の大きさ。右は岩波新書)

巻物と初期冊子本の姿の違い

今日、「書物」と言うと、私たちは、冊子本を思い浮かべます。そして、豪華本から文庫本まで、さまざまなタイプの冊子本を、目にしています。

この“常識”から、古い「書物」である巻物と、私たちが馴染んでいる冊子本とを、なんとなく同じようなものと考えがちです。ところが、冊子本は、洋の東西を問わず、巻物に、はるかに遅れて発明され、しかも初めは、巻物よりも格の低い書物として扱われました。

中国に残る、最も古い、紙の巻物は、3世紀中頃、または4世紀(晋代)に製作されたものと見られています。それに対して、冊子本が登場するのは、8世紀半ば(唐代)からです。

紀元前3000年頃に、エジプトで製作されたパピルスも、「書物」としては、もっぱら巻物に仕立てられました。そして、ギリシア・ローマで冊子本が普及するのは、紀元後3世紀から5世紀にかけてと考えられています。

巻物と冊子本との間の、「書物」としての格の違いを、明瞭に示すものが、それぞれの大きさです。中国の巻物の表紙の規格、そして中国文化圏の最初期の冊子本の大きさを、実際に紙に切ってみたのが、上の写真です。

(*わかりやすくするために、色違いにしましたが、それぞれの色は、原本の色とは関係ありません。)

①〔黄色い紙〕 敦煌写本『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』の表紙の規格 (約25×約15㎝)
・一群の『大般涅槃経』が、この規格に従っています。これは、比較的新しい、中国の巻物の表紙の規格のようです。ライオネル・ジャイルズ氏は、その一本を、7世紀の書写と見ています。

・謹厳な楷書で、1行17字詰めで書かれています。

②〔灰色の紙〕 敦煌写本『文心雕龍(ぶんしんちょうりょう)』Or.8210/S.5478 (11.7×16.8㎝)
・『文心雕龍』は、文学評論書です。池田温氏は、この写本を、8世紀中葉に中国の中央で書写されたものと推測しています。現代の新書判と、ほぼ同じ大きさです。

・1頁10行、やわらかな行書・草書で書かれ、余白にはところどころ、習字をした跡があります。

(*詳しくは、国際敦煌プロジェクトの『文心雕龍』の画像をご覧ください。)

③〔肌色の紙〕  空海ら写『三十帖冊子』(国宝、京都・仁和寺蔵)の第一帖 (15.6×18.5㎝)
・『三十帖冊子』は、空海が中国に渡った時(804~806年)に書写した、仏教経典の写本です。中国文化圏で、書写年代の確実にわかる、最古の冊子本です。

・楷書の細字で、紙面を惜しむようにして、経文を書写していたり、行書・草書で力強く、自由に書いていたりします。

・なお、『三十帖冊子』には、第一帖などよりも、さらに小さい一群があります。空海真筆の第二十六帖は、13.6×14.3㎝で、文庫本を横にした大きさになります。

②③は、①に比べてかなり小さくなります。これらは、携帯に便利なサイズであったのでしょう。そして、②③での、本文の書写のされ方からは、これらが、個人用の、ノートに近いものであったことが窺えます。一方、「正式な」書物であった巻物は、謹厳で、堂々とした印象を与えます。

(*是非、御自分で、紙を切ってみて、これらの大きさを実感してください。)

中国文化圏では、唐の玄宗皇帝の時代(712~756年在位)から、僧侶や知識人の間で、冊子本が、個人の書物として普及していったようです。

*面白いことに、古代ローマでも、文学書の巻物の縦の寸法は、25~33㎝でした(ウィリアム・A・ジョンソン氏)。初期の羊皮紙冊子本(2~3世紀)も、14.5×11.5㎝から19×16.5㎝でした。初期の冊子本は、キリスト教の宣教師たちが、伝道のために携帯したものと推測する説もあります(マイケル・マコーミック氏)。


��主な参考文献]
��.小川靖彦「書物としての萬葉集」『〔必携〕万葉集を読むための基礎百科』別冊国文学№55、学燈社、2002年11月
��.池田温『敦煌文書の世界』名著刊行会、2003年
��.『国宝 三十帖策子・重要文化財 十地経策子〈原寸複製〉』法蔵館、1977年
��.Jonhson, William A. Bookrolls and Scribes in Oxyrhynchus. Tronto: University of Tronto, 2004. [ウィリアム・A・ジョンソン『オクシュリンコスの巻子本と筆写者』]
��.McCormick, Michael. "The Birth of the Codex and the Apostolic Life-style." Scriptorium 34 (1985). [マイケル・マコーミック「冊子本の誕生と使徒たちの生活スタイル」]