金沢北条氏に関わる大型本源氏物語
2008年8月29日(金)から9月28日(日)まで、名古屋市蓬左文庫にて、尾州家河内本源氏物語(重要文化財。23冊。名古屋市蓬左文庫所蔵)の展示が行われます。
「展示 源氏物語千年紀『源氏物語』の世界」
会場:名古屋市蓬左文庫展示室1でコーナー展示
開場時間:10時~17時(入室は、16時30分まで)
休館日:月曜日(祝日のときは直後の平日)
観覧料:一般 1200円/ 高大生 700円/ 小中生 500円
(蓬左文庫・徳川美術館共通料金)
先の記事「西本願寺本万葉集の大きさ」で書きましたように、私は、西本願寺本万葉集と尾州家河内本源氏物語が、装丁・書型、そして伝来において一致することから、ともに金沢北条氏の所蔵する写本であったと推測しました。
尾州家河内本源氏物語には、複製本があります。しかし、原本よりは、かなり縮小されたものになっています。今回の展示で、原本の質感を、改めて実感したいと思っています。
観覧に際して、以下の点に注目したいと思います。
① 尾州家河内本源氏物語の大きさ尾州家河内本源氏物語は、『源氏物語』の写本としては、極めて大きな書型になっています(この大きさが、西本願寺本万葉集と一致します)。
尾州家河内本 大和綴(結びとじ) 縦31.8㎝ 横25.8㎝
陽明文庫本 綴葉装 15.7㎝ 14.8㎝ 〔鎌倉時代 14世紀〕
飯島本 綴葉装 19.5㎝ 15.0㎝ 〔室町時代 15世紀〕
② 大きい書型ゆえのレイアウト、文字の大きさ、書風・字形、余白の使い方
なお、尾州家河内本では、1面11行となっています(西本願寺本万葉集では、1面8行)。
③ 大和綴じという装丁
紫・緑・白糸交り編みの真田の平紐と報告されている紐(秋山虔氏・池田利夫氏「解題」)も、注目されます。
④ 料紙の特徴
尾州家河内本源氏物語の料紙は、やや厚手の灰汁打をした斐紙(雁皮紙)、と報告されています(秋山虔氏・池田利夫氏「解題」)。やはり厚手の斐紙(雁皮紙)である、西本願寺本の料紙と比較してみたいところです。
⑤ 句点と声点(しょうてん。アクセント記号)
源親行(1188頃~建治・弘安〈1275~1288〉頃)の校訂本である「河内本」の諸本には、句点と声点が書き加えられています。『源氏物語』の本文は、本来句読点などの記号はなく、「かな」で連続的に書かれていました。親行は、句点と声点を書き加えることで、親行なりの本文解釈を示しました。
尾州家河内本源氏物語にも、句点と声点が書き加えられています。さらに、他の「河内本」の諸本とは異なり、意味の中止を「ゝ」(中央下)、終止を「○」(右下)で区別しています。これらは、後の人の手によるものと考えられています(以上は、池田亀鑑氏による)。
ヨーロッパで、句読点が体系的なものに発達するのは、ローマのハドリアヌス帝時代(紀元76~136)です。この時代の古典学者ニカノル(Nicanor)が、ギリシア文学に句読点を施したとされています。日本でも、句読点の発達が、古典解釈と深く関わるものであったことがわかります。
⑥ 北条実時の奥書
「夢浮橋」巻末に、北条実時の奥書があります。その筆跡については、詳しい検討が必要と思われます。
「正嘉二年五月六日○(右ニ「以」)河州李部親行之本終一部書写之功畢 越州刺史平(花押)」
実物を前にして、この尾州家河内本源氏物語が、どのように書写され、読まれたかに思いをめぐらし―この写本は、もはや手に持って読むことはできなかったでしょう―、また書物の大きさが、どのような政治的・文化的意味を持ったかを、考えてみてはいかがでしょうか。
[尾州家河内本源氏物語に関する主な文献]
��.秋山虔・池田利夫「解題」『尾州家河内本 源氏物語』第5巻、武蔵野書院、1978年
��.池田亀鑑『源氏物語大成』第12冊〈研究篇〉、中央公論社、1985年(普及版)
��.池田利夫『新訂 河内本源氏物語成立年譜攷―源光行一統年譜を中心に―』財団法人・日本古典文学会、1980年
��句読点について]
��.Peiffer, Rudolf. History of Classical Scholarship: From the Beginnings to the End of the Hellenistic Age. Oxford: Oxford University Press, 1968.
��関連文献]
��.小川靖彦『萬葉学史の研究』おうふう、2007年 (*特に、第3部第1章)
��.小川靖彦「仙覚と源氏物語―中世における萬葉学と源氏学―」『むらさき』第44輯、2007年12月
名古屋市蓬左文庫のホームページ