2011年5月28日土曜日
「祈りの書―写経と経筒」展
静謐で温かな祈りの空間
2011年5月21日(土)の小松茂美先生の命日に、先生ゆかりのセンチュリーミュージアムで開催されている、企画展「祈りの書―写経と経筒」を観覧しました。
会場:センチュリーミュージアム 〒162-0041 東京都早稲田鶴巻町110-22
期間:2011年4月11日(月)~7月30日(土)
列品解説:5月14日(土)、6月25日(土) 14時~15時
開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)
休館日:毎週日曜日
入館料:一般500円、高校・大学生300円、中学生以下無料
昨年10月に早稲田で再オープンしたセンチュリーミュージアムを訪ねるのは、初めてでした。早稲田大学早稲田キャンパス近くの、オフィスビルのような建物がミュージアムでした。1階で受付をして、4階・5階の展示室に向かうと、そこには清浄で静謐な空間が広がっていました。
��階には、日本の写経を代表する優品が展示されています。27点の写経(滑石経8点などを含む)を観覧してゆくと、自ずと日本写経史がたどれるようになっています。
写経の文字の姿、紙質や染め方、装丁などを、存分に比較することもできます。私も、並んで展示されている、奈良時代の写経の、[3]大般若経巻第219(長屋王願経)と[4]菩薩念仏三昧経巻4(光明皇后発願五月一日経)と[5]大般若経巻第221(薬師寺経)を、繰り返し見比べました。長屋王願経の文字の姿の力強さ、光明皇后発願五月一日経の細い線のしなやかな美しさ、薬師寺経の太く書かれた文字の神秘性が、近くで比較することによって一層鮮やかに浮かび上がってきました。
特に菩薩念仏三昧経巻第4の文字の美しさは、数多く現存する光明皇后発願五月一日経の中でも際立ったものであると思います。
また写経の常識を超えた、藤原定信筆「一字宝塔法華経断簡(戸隠切)」には深い感動を覚えました。一文字一文字を楷書で丁寧に書いてゆくのが写経の基本です。この「一字宝塔法華経断簡」も、一文字一文字、単体で書いていますが、文字の軸が右に傾いた個性的な字形の文字と文字の間には、連続する、〈力の流れ〉が見えるのです。
小松茂美先生は、「石山切(いしやまぎれ)」を始めとする定信の書の特徴を、奔放な情熱をテンポの速い筆にまかせてほとばしらせたものと捉えています。そして、それを、姿の端麗を求めた平安時代の書の常識を打ち破り、次代の書を予告するものと位置づけています。この「一字宝塔法華経断簡」を見ると、それが如実に実感されます。
*小松茂美「藤原定信とその時代」『日本書道説林』講談社、1973
��階には、その他、平安貴族たちが祈りを込めて埋納した経筒、5階には中国・朝鮮半島(新羅)・日本の平安時代の仏像などが展示されています。御仏たちの優しい表情が、拝す者の心を静かで穏やかなものにしてくれます。
私には、「祈りの書―写経と経筒」展が、長らくセンチュリーミュージアムの館長を務められた小松茂美先生の美意識と、現館長神崎充晴先生を始めとするセンチュリーミュージアムの方々の小松先生を憶う心が作り上げた、静謐で温かな祈りの空間であるように思えてなりません。
【展示品一覧】
〔4階〕
�� 賢愚経断簡(大聖武) 伝聖武天皇筆 奈良時代・8世紀 1幅
�� 紺紙銀字華厳経断簡(二月堂焼経) 奈良時代・8世紀 1幅
�� 大般若経巻第219(長屋王願経) 奈良時代・8世紀 1帖
�� 菩薩念仏三昧経巻第4(光明皇后発願一切経・五月一日経) 奈良時代・8世紀 1巻
�� 大般若経巻第221(薬師寺経・魚養経) 奈良時代・8世紀 1巻
�� 紺紙金字顕無辺仏土功徳経(良弁発願経) 奈良時代・8世紀 1巻
�� 順正理論巻第27(称徳天皇勅願一切経) 奈良時代・8世紀 1巻
�� 銅製経筒 寛治7年銘 平安時代・11世紀 1口
�� 銅製経筒 天仁2年銘 平安時代・12世紀 1口
10 銅製経筒 天永2年銘 平安時代・12世紀 1口
11 銅製経筒 久安6年銘 平安時代・12世紀 1口
12 銅製経筒 平安時代・12世紀 2口
13 銅製経筒 平安時代・12世紀 1口
14 銅製経筒 平安時代・12世紀 1口
15 銅製経筒 平安時代・12世紀 1口
16 銅製経筒 平安時代・12世紀 1口
17 銅製経筒 平安時代・12世紀 1口
18 銅製経筒 平安時代・12世紀 1口
19 銅製経筒 平安時代・12世紀 1口
20 紺紙金字一字宝塔法華経断簡(心西願経) 平安時代・12世紀 1幅
21 装飾法華経巻第6断簡 平安時代・12世紀 1幅
22 一字宝塔法華経断簡(戸隠切) 藤原定信筆 平安時代・12世紀 1幅
23 紺紙金字一字蓮台法華経序品 平安時代・11世紀 1巻
24 紺紙金字成唯識論巻第6 平安時代・12世紀 1巻
25 紺紙金銀交書広明集(中尊寺経) 平安時代・12世紀 1巻
26 道行般若経巻第9(足利尊氏願経) 南北朝時代・14世紀 1帖
27 滑石経 平安時代・12世紀 8枚
28 紺紙金字日蔵経巻第8(神護寺経) 平安時代・12世紀 1巻
29 紺紙金字千手千眼観世音菩薩大身呪本(神護寺経) 平安時代・12世紀 1巻
30 神護寺経一切経帙 平安時代・12世紀 1枚
31 古筆手鑑「武蔵野」 奈良~鎌倉時代・8~14世紀 1帖
32 古写経手鑑 中村雅真調製 奈良~鎌倉時代・8~14世紀 1帖
33 紺紙金字法華経巻第2 南北朝時代・14世紀 1巻
34 鉄製如来頭部 新羅時代・9世紀 1躯
〔5階〕
35 木造増長天像 平安時代・12世紀 1躯
36 木造増長天像 平安時代・12世紀 1躯
37 木造毘沙門天像 室町時代・14世紀 1躯
38 木造大日如来像 鎌倉時代・13世紀 1躯
39 鉄製如来頭部 新羅時代・9世紀 1躯
40 木造地蔵菩薩立像 平安時代・12世紀 1躯
41 木造阿弥陀如来立像 平安時代・12世紀 1躯
42 木造観音菩薩立像 平安時代・12世紀 1躯
43 石造色彩菩薩頭部 唐時代・7世紀 1躯
44 石造観音菩薩半迦像 唐時代・8世紀 1躯
45 木造菩薩立像 唐時代・9世紀 1躯
46 木造漆箔観音菩薩立像 平安時代・11世紀 1躯
47 木造毘沙門天像 平安時代・12世紀 1躯
48 木造菩薩立像 平安時代・12世紀 1躯
49 金剛独鈷杵 鎌倉時代・13世紀 1柄
50 金剛五鈷杵 鎌倉時代・13世紀 1柄
51 金剛羯磨 鎌倉時代・13世紀 1柄
52 銅製火舎香炉・六器 鎌倉時代・13世紀 1組
53 銅製孔雀文磬 鎌倉時代・13世紀 1面
54 金銅孔雀文磬 鎌倉時代・13世紀 1面
55 金銅五鈷鈴 鎌倉時代・13世紀 1柄
56 金銅地蔵菩薩懸仏 平安時代・12世紀 1躯
57 金銅如意輪観音懸仏 鎌倉時代・13世紀 1躯
58 金銅十一面観音懸仏 鎌倉時代・13世紀 1躯
2011年5月26日木曜日
青山学院大学日本文学科新カリキュラム実施の延期
先の記事「再来年4月から青山学院大学文学部日本文学科が変わります」で、2012年度から、青山学院大学文学部のキャンパスが青山キャンパスに統合され、日本文学科のカリキュラムも変わることを、お知らせしました。
ところが、2011年3月11日に東日本大震災の影響によって、文学部のキャンパス統合は、1年延期となりました。これを受けて、日本文学科の新カリキュラムの実施も、2013年4月からの実施となりました。
新カリキュラムは、青山キャンパスで4年間学ぶことを前提に、構想されています。相模原キャンパスと青山キャンパスとに分かれた状況で実施することは、極めて難しいと判断しました。
本当に残念です。そして、申し訳ございません。延期された時間を使って、新カリキュラムをゆるぎないものとして開始できるよう、鋭意準備を進めてゆきます。
なお、今年度、新カリキュラムの、文学分野における国際的な交流を学ぶ科目の先駆けとして、私の「日本文学演習」の授業を、「万葉集研究―ことばの美とその英訳」というテーマで開講しています。アメリカの日本文学研究者エドウィン・A・クランストンによる万葉集歌の英訳をテキストに、英訳を通じて浮かび上がってくる、『万葉集』のことばの美を考察しています。
*Cranston, A. Edwin. A Waka Anthology. Volume One: The Gem-Glistening Cup. Stanford: Stanford University Press, 1993.
ことばにならない複雑な感情を含んだ「やまと歌」を英訳することの難しさを感じたり、英訳によって、今まで当たり前と思っていた解釈を考え直したりしています。この授業では、最終的には、その学生が担当した歌の英訳を、学生自身が作ることを目標にしています。
まだ始まったばかりで、試行錯誤の繰り返しですが、日本語と英語との違い(その背後にある思想も含めて)、その違いの中で、万葉集歌を伝えようとすることの難しさと意義、翻訳というものの創造性などについて、学生の皆さんと少しずつ考えを深めています。
その成果を、いつかこのブログで紹介したいと思っています。
ところが、2011年3月11日に東日本大震災の影響によって、文学部のキャンパス統合は、1年延期となりました。これを受けて、日本文学科の新カリキュラムの実施も、2013年4月からの実施となりました。
新カリキュラムは、青山キャンパスで4年間学ぶことを前提に、構想されています。相模原キャンパスと青山キャンパスとに分かれた状況で実施することは、極めて難しいと判断しました。
本当に残念です。そして、申し訳ございません。延期された時間を使って、新カリキュラムをゆるぎないものとして開始できるよう、鋭意準備を進めてゆきます。
なお、今年度、新カリキュラムの、文学分野における国際的な交流を学ぶ科目の先駆けとして、私の「日本文学演習」の授業を、「万葉集研究―ことばの美とその英訳」というテーマで開講しています。アメリカの日本文学研究者エドウィン・A・クランストンによる万葉集歌の英訳をテキストに、英訳を通じて浮かび上がってくる、『万葉集』のことばの美を考察しています。
*Cranston, A. Edwin. A Waka Anthology. Volume One: The Gem-Glistening Cup. Stanford: Stanford University Press, 1993.
ことばにならない複雑な感情を含んだ「やまと歌」を英訳することの難しさを感じたり、英訳によって、今まで当たり前と思っていた解釈を考え直したりしています。この授業では、最終的には、その学生が担当した歌の英訳を、学生自身が作ることを目標にしています。
まだ始まったばかりで、試行錯誤の繰り返しですが、日本語と英語との違い(その背後にある思想も含めて)、その違いの中で、万葉集歌を伝えようとすることの難しさと意義、翻訳というものの創造性などについて、学生の皆さんと少しずつ考えを深めています。
その成果を、いつかこのブログで紹介したいと思っています。
登録:
投稿 (Atom)