『万葉集』の古写本研究の現在
2016年3月23日に、高岡市万葉歴史館館長坂本信幸編『高岡市萬葉歴史館叢書28 古写本の魅力』(公益財団法人高岡市民文化振興事業団 高岡市万葉歴史館)が刊行されました。
2015年8月1日(土)・2日(日)に開催された、2015高岡万葉セミナー「古写本の魅力」の講演録です。このセミナーは、特別企画展「萬葉集のすがた―新収蔵品を中心に」とともに、高岡市万葉歴史館に、特別展示室と新たな図書閲覧室が設置された記念事業として、開催されました。
特別展示室で見た古写本について、講演を聞き、さらに講演を踏まえて、古写本を熟覧する、という贅沢な企画でした。
(A5判、94頁、高岡市万葉歴史館にて販売)
私も講師の一人として参加しました。
セミナーは、さまざまな角度から、『万葉集』の古写本の意義を改めて確認するものでした。
【目次】
高岡万葉セミナー 古写本の魅力
校訂を通して古写本の魅力を考える(平舘英子)
テキストとしての廣瀬本万葉集(乾善彦)
春日本万葉集と古葉略類聚鈔―中臣祐定の万葉学―(田中大士)
平安時代の萬葉集古写本における装丁・料紙・書の交響―桂本萬葉集を中心に―(小川靖彦)
平舘氏は、現代とは異なる、平安時代の万葉集古写本の読み下しを、具体例を挙げて論じ、乾氏は、廣瀬本万葉集全体を精査して、その読み下しが一つのテキストを参照して書写されたものでないことを明らかにし、田中氏は、中世の中臣祐定が、春日本と古葉略類聚鈔との間で、異なる書写態度をとっていることを解明しています。
私は、桂本万葉集の料紙を、顕微鏡(至近焦点スコープ、デジタルスコープ)で観察した結果を中心に、桂本が装丁・料紙、そして書写において、丁寧に制作されたものであることを、改めて確認しました。
桂本万葉集の料紙の調査にあたって、その断簡を所蔵する、公益財団法人野村文華財団野村美術館、公益財団法人五島美術館、公益財団法人出光美術館に大変お世話になりました。一枚の断簡を見るたびに、その料紙と書の美しさに魅了されました。
そして、顕微鏡で覗いたその料紙の世界は、紫に染められた繊維が万遍なく散らされた、実に端正なものでした。その様子をカラー撮影しましたが、この本では、モノクロにせざるを得ず、これを見たときの感動を伝えられないのが残念です。
『万葉集』の古写本には、まだまだ私たちの知らない世界があります。そして、私は、古写本の魅力とは、「それぞれの萬葉集古写本の表情の裏に潜む、その写本を制作した人々の息遣いふ触れること」(89~90頁)だと、改めて思いました。
*『万葉集』の古写本特集という、極めて貴重なこの本は、高岡市万葉歴史館でしか購入できません。是非お問い合わせください。
高岡市万葉歴史館
*なお、この28集を最後に、『高岡市萬葉歴史館叢書』がその歴史に幕を閉じるとのことです。学生の時に、一般向けでありながら、高度の内容のこの叢書から、多くを学びました。講演者が論文以上に思いきった考えを述べていることを大変面白く思いました。そして、私自身も何度かセミナーでの講演と執筆の機会を賜りました。1991年の1集から今日に至るまでの分厚い蓄積が、高岡市万葉歴史館の新たな飛躍の礎となることを、心よりお祈り申し上げます。
高岡市萬葉歴史館叢書目次