書物学への歩み
青山学院大学での、2008年度の授業も無事終わりました。今年度は、私のゼミナールでは、5編の卒業論文が提出されました。
・「雲紙本和漢朗詠集の書の研究」
・「書物における本文と料紙文様の関係」
(粘葉本和漢朗詠集と近衛本和漢朗詠集を中心に料紙として用いられた唐紙の文様についての研究)
・「巻子本における文字と絵の関係」
(太田切和漢朗詠集の下絵についての研究)
・「金沢本万葉集研究」
(同時期の元永本古今和歌集と比較しながらの、レイアウトについての研究)
・「『日本霊異記』の諸本及び伝来と享受の研究」
日本文学研究・書誌学の論文のようにも見え、また美術史・書道史の論文のようにも見えます。実は、その両方を含む、新しい領域に挑戦したものです。
これらの論文の多くは、青山学院大学で所蔵している、平安時代の写本の複製を、3年次の演習で実際に調査したことが、出発点となっています。活字で読む古典とは異なる、「写本」の美に強く魅了されたことが、それぞれの「あとがき」に記されています。
平安時代を中心に、『万葉集』『古今和歌集』『和漢朗詠集』などの美しい写本が、数多く製作されました。従来の日本文学研究では、まずそれらの内容に目が注がれてきました。これらの詩歌集の原本は存在しません。そこで、正しい本文を知るための重要な手懸かりとして、平安時代の写本の本文が、注目されてきたのです。
もちろん、それらの写本の装丁や書なども研究されていますが、それはあくまでも写本の書写年代や書写者を推定することを目的とするものです。
一方、今日、美術史や書道史の分野で、これらの写本の料紙装飾や書の研究が活発に行われています。ただし、料紙は料紙として、書は書として研究されている面が強いようです。
しかし、さまざまな色の料紙も、金泥・銀泥などで書かれた鳥や植物などの下絵も、写本の一部を構成する要素です。「書物」としての効果を考えた上で、これらは利用されています。
また、書も、歌の内容に対する書き手の“解釈”を抜きにしては考えられません。加えて、書き手たちは、さまざまな書体・字体・字形を駆使しながら、一部の写本を全体として、まとまりがあるととともに、変化に富む「書物」に仕立てています。
“「書物」としての写本”の美に迫ろうとしたのが、これらの論文です。
苦心の痕が随所に伺えるとともに、思いがけない発見も含むこれらの論文を読んで、改めて強く感じたことは、写本が、原本の単なるコピーではなく、書写者・製作者の“解釈”のもとに、新たに誕生した「書物」である、ということです。
「書物」とは、書写されるたびに、その都度新たな「書物」として生まれ変わるものなのです。
*2009年度は、内地留学のため、残念ながら、私の授業は開講されません。1年間、今まで残してきた、万葉学史に関わる課題を仕上げ、また、この新たな「書物学」を深めてゆきたいと思っています。