2008年3月7日金曜日

巨勢山のつらつら椿(坂門人足)

椿

光が明るくなり、暖かさが、少しずつ寒さにまさってゆくこの時期、椿の花を目にするようになります。大きな赤い花と、光を照り返す厚手の葉は、春の到来を、実感させてくれます。

『万葉集』巻1には、椿の歌が収められています。

巨勢山乃列々椿都良々々尓見乍思奈許湍乃春野乎(巻1・54)

巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を
(こせやまの つらつらつばき つらつらに みつつしのはな こせのはるのを)

〔訳〕巨勢山の「つらつら椿」―連なった椿の木々、そして点々と連なって咲く椿の花、つくづくと秋の椿の木々を見て、思い起こそうではありませんか。あの巨勢の春の野を。

題詞(だいし)によれば、この歌が、大宝元年(701)9月(太陽暦10月)に、持統上皇が紀伊国に行幸した時に、詠まれた歌の1首です。

まだ上皇の車駕が、大和国の巨勢(現在の奈良県御所市古瀬)にある時点での歌です。そして、不思議なことに、坂門人足(さかとのひとたり)の、この歌は、今眼前にない、巨勢の野の、春の様子に思いを馳せよう、と歌います。

『万葉集』の旅の歌では、眼前に広がる、美しい情景を讃美するのが、普通です。この歌は、『万葉集』の旅の歌としては、異例と言ってよいでしょう。

この大宝元年の紀伊国行幸では、たくさんの歌が作られています(巻9・1667~1681)。しかし、『万葉集』巻1の編者は、この行幸時の歌を、2首のみ、巻1に取り上げ、しかも、この特異な歌を、最初に挙げました。

それは、巨勢の春野の椿が、持統上皇一行に共通する記憶を、呼び起こすものであったからだと思います。

この歌の第2句の「つらつら椿」は、「列々椿」という文字表記から、直接的には、椿の並木を表すものと言えます。しかし、それだけではないようです。

大宝元年の紀伊国行幸の2首の歌の次に、「或本(あるふみ)の歌」として、次の、春日老(かすがのおゆ)の歌が、後の人の手によって、補われています。

 河上の つらつら椿 つらつらに 見れども飽かず 巨勢の春野は(巻1・56)
 (かはのへの つらつらつばき つらつらに みれどもあかず こせのはるのは)

老の歌は、まさに眼前の、巨勢の春野を、讃美しています。「つらつら椿」という、リズム感あふれることばは、椿の、大きな赤い花が点々と連なって咲くさまと(澤瀉久孝氏『萬葉集注釈』の解釈)、光沢のある葉の繁りを、生き生きと浮かび上がらせるものです。

紀伊国行幸の一行は、老の歌を知っていたことでしょう。そして、人足が、「巨勢山の つらつら椿……」と、一同の前で読み上げた時、これを聞く人々は、老の歌を思い出しながら、つややかな葉の間に、生命力に満ちた、赤い椿の花が、連なり咲くイメージを、心に思い描いたに、相違ありません。

人足の歌の第4句「見つつ偲はな」ということばからは、その椿の花が見られず残念だ、という気持ちは、感じられません。むしろ、巨勢の春野を想像しての、浮き立つような思いが、伝わってきます。

巨勢は、大和から紀伊への通路にある土地ですが、ここから東南に、今木峠(いまきとうげ)を越えると、吉野へ出ることができます。万葉時代には、飛鳥・藤原京方面から、吉野川流域に出るには、5ルートがありました。その中でも、巨勢から今木峠を越え、下市口に出るルートは、距離は最も長いものの、一番負担の少ないものでした(犬養孝氏『万葉の旅』による)。

持統天皇は、在位中に31回、譲位後に2回、吉野に行幸しています。特に、まだ寒さの残る時期の、吉野行幸には、巨勢経由のルートが、選ばれたことと思います。

椿の花の連なり咲く、巨勢の春野は、持統上皇を始めとする、紀伊国行幸の一行が、吉野行幸の時に目にしたことのある風景であったのでしょう。その巨勢の春野に、思いをはせることは、一同が共通に知っている、持統天皇を中心とする吉野行幸の華やぎや、その折の、高揚する心を、思い起こすことでもあったのでしょう。

『万葉集』巻1の編者は、持統天皇の治世の繁栄を想起させる、この歌を、大切な歌と考えたのでしょう。

この大宝元年の紀伊行幸は、大宝令施行後、最初の、そして異例の長期にわたる行幸でした。それは、単なる遊覧ではなく、新しい国家体制の樹立を、紀伊国の神々や、祖先に報告する、重要な行幸であったと思われます。

藤原京を造営し、そして大宝令を完成させ、古代日本を、律令国家に仕上げたのは、持統天皇でした。その新しい時代の幕開けを告げるのに、最もふさわしい歌として、巻1の編者は、この人足の歌を選び、大宝元年の紀伊国行幸時の歌群の、最初に置いたのだと思います。

今年の冬、私は、椿の開花を、今か今かと、待ちかねていました。2月に見る、赤い花は、山茶花ばかり。椿は、光が増し、春の到来が確実に感じられる時期になって、咲き始めました。暖かな光の中の、色鮮やかな花と、光沢ある葉に、紀伊国行幸の人々の心を、改めて実感したように思います。